新・カチンコ日記2

根無し草男の映像日記

耐える男(2)

1月10日
ゲキレンジャー
 カットバン貼ってくれー!」


男は、診察ベッドの上で
のた打ち回っていた。




子どもに針を刺すのは
出来ることなら少ないようにしたいが、
アレルギーの血液検査のため
致し方なくやることにしている。
しかし、針を刺す前に
カットバンを貼ることは出来ない…

「まだ、何もしてないよ…」

注射器すら手にしていない
医者が困惑している。
抑えきれないほどに
暴れてはいないものの、
昨日の歯医者とは打って変わって
”チックン”されることを
非常に嫌がっている。

いや、誰だって嫌だろう。


アンパンマンのカットバンじゃダメ?」

「いやだー!ゲキレンジャーがいい!」

ゲキレンジャーは無いから
 ミッキーのカットバンでも良い?」

看護婦さんがミッキーのカットバンを見せた。
息子は、その絵柄が気になったようで、
確認するために泣き止んだ。



「○○くん、昨日の歯医者さんみたく
 泣かないで、がんばろうよ、すぐ終るから」

「ううう、嫌だぁ、チックンするの嫌だぁ」

「うん、パパも嫌だよ、でも、すぐ終るからね」

「ううう、ゲキレンジャー…」

「わかった。とりあえず、ミッキーを貼って、
 お家に帰ったらゲキレンジャーを貼ってあげるから」

「わかったぁぁぁぁぁ」

大粒の涙を顔中に撒き散らしながら
息子は腕を差し出した。
しかし、カットバンの絵柄ごときで、
納得できることなのだろうか?
いや、そんなことに疑問を抱いてもしょうがない。
息子的には、カットバンの絵柄が
この恐怖感を払拭させるだけの力があるのだ。

でも、やはり注射は痛い。
その一瞬の痛みを避けるために
大人だって、
ありとあらゆる嘘をつき、
刺される瞬間を自分に気付かせないため
あらぬ方向に視線を移すものだ。


刺される前にこそ恐怖がある。
刺された後は、声こそ荒げたものの、
喉物過ぎればなんとやらで、
すぐに落ち着いた。

刺された後に貼られるミッキーを
しげしげと見つめる息子。

多少、難儀したが、よく耐えた。




薬を貰うために待っている間、
奥さんと娘を残し、
息子と気晴らしに外に出た。


「よくがんばったな。偉かったぞ」

「チックン痛かったよ」

「そうだろうな、でも、すぐに終っただろ?」

「うん、痛かったよ。
 ゲキレンジャーのカットバンじゃなかったし」

「まあ、いいじゃないか。
 家に帰ったら貼ってあげるから」

「うん。」

「あ、ほら、あそこに公園があるよ!」

「いいよ、入れないよ、夜だから」

「……」

「パパぁ」

「ん?」

「寒いから戻ろうよ」

「わかった」


なんだよ、気晴らしにとか思ったのに、
かなり冷静じゃないか息子よ。
なんだか、俺の方が動揺しているようじゃないか。

「よし、今日はがんばったご褒美に…」

「ダメだよ!ママに怒られちゃうよ!
 ジュースなんか飲んだら、虫歯になっちゃうよ」

「…、だ、大丈夫だよ、歯を磨けば。
 それにママに言わなきゃいいだろ、
          ジュース飲んだって」

「…そっか」

「な、チックンを頑張ったんだからさ」

「うん!」


なんだか、俺が飲みたくて駄々こねてるみたいだ。
どうして、息子を説得しているんだ、俺は。
それに、なんだ、この背徳感は?

いや、断じて俺がジュースを飲みたい訳じゃないぞ。
それに、ポカリだ、ポカリ。
イオンサプライだよ、イオンサプライ。



え?同じこと?










「後でちゃんと歯を磨こうね!」

「そうだな。磨こうな」


そんな息子の歯は
真っ白に輝いていて眩しい。



その真っ直ぐな気持ちが眩しい。






PS
カットバンって言ったら
医者が”カットバン?”って。
そういえば、
あんまり”カットバン”って
言わないよね。

つーか、気が付いたら
奥さんが絆創膏じゃなく、
カットバンって教えてたみたい。

じゃ!