新・カチンコ日記2

根無し草男の映像日記

仕事をさせてくれ!

11月15日
怒りは度を越えると
諦めに変わる…

経験という思い出を
頭の中から引っ張り出す。



10年近く前。
僕は、この僕の目の前で
起こっている災難というか災害というか人災。
怒りを通り越した諦めの空気が流れる
現場に立っていた。

数分前に師匠が
僕が記憶する中でたった一度だけある
烈火のごとく怒り狂ったことがある。
それは目の前で頭を抱えている
役者に対してだった。
原則として、
我々撮影スタッフと役者の間には
口ではわざわざ言わない約束がある。
我々は、段取り良く、
芝居しやすい環境を作ることを心がける。
役者は台詞を覚えてカメラの前で芝居をする。
単純明快に言えば
たったこれだけのことである。

師匠はその単純明快な約束を破った
若い役者に怒鳴り散らしたのだ。

台詞が入っていない。

前日に渡した台本を
覚えきらなかったというなら
この状況は哀れに思ったことであろう。
多少、覚えているだけで
よくぞ!と言ってもくれるだろう。
しかし、彼には4日ほどの時間があった。

他の役者も同じ条件でカメラの前に立っている。

完璧に台詞を覚えた状態で。

つまり、スタッフに対してというよりも
同じ役者に対しても約束を破ったのだ。
芝居以前に台詞が入ってなければ
演出のしようもない。
相手の役者だってフォローのしようがない。

師匠は15分、若い役者に与えた。
僕はその時にある方法を思いつき段取りに動いたのだが
今日の話しとは関係が無いので割愛する。
15分が経ち、20分が経ち、30分が経った。

カメラ前に立った若い役者の口から
とうとう台詞らしきものがこぼれたことはなかった。


「後、何時間あったら覚えられるのか?」

「このまま続けられるのか?」


すでに時計は23時を回っており
クライアントさんの会社を使っているので
のっぴきならない状況だった。

「続けられません…」

一瞬にして血の気が引いた。
師匠の怒りはすでに頂点を通りこして
諦めの状況にあった。
スタッフは深夜を通り越して朝を覚悟していた。

が、この言葉を聞いて
笑い?なんだか訳がわからなくなってしまった。

「撤収!」

色々裏工作をしていたので
通常ならあり得ないはずの撤収をしたのだった。




今、僕の目の前にある状況は
それとかなり酷似しており、
すでに僕の怒りは諦めに入りつつあった。

数時間かけて
(それまでは1時間で3、4カット撮影していた)
ワンカットを撮った。

僕は、○ッツを呼んで

「次、セッティングチェンジに時間がかかるから
    役者全員、休憩しててくれってことにして」

こういう時の○ッツ君の機転は素晴らしいものがある。
僕の表情とこの状況を見て、
役者に時間を与えるためなのを承知で
あえて、セッティングのせいにしていることを理解した。
怒り心頭であっても、
それくらいの理性はあるし、面子をつぶすのも忍びない。


「すいません、次のカットに
 セッティングがかかるので
 俳優部の皆さんは控え室にお戻りください!」

「え?そんなに掛からないよ!
            だって、切り返しだもん!」

と、撮影部が早く終りたい、抜け出したいのもあって
準備を巻いてくれようと意見を出した。

「いや、かかるんだよ。
  次のカットは準備がかかる!」

申し訳なかったが少し怒鳴るように言い放った。

「…あ! わかりました」

このまま、あの時の師匠の
現場のようになってしまうのか?
が、それは無い。
別日も無いし、
あの時師匠の横にいた俺は
今は師匠と同じ位置にいるのだ。

同じことには、絶対にならない。

とはいえ、後15分あろうが20分あろうが、
この状況の中で、極度の緊張とプレッシャーの中で
残りの台詞を暗記するなんて芸当は
奇跡を待つしかない状況に等しく、
それはジャンボ宝くじの当選よりも低い気がした。

で、すぐにキャスティングに相談をする。


「さっき、出てくれた、○○さんて帰った?」

「はい、帰りましたけど…」

「…呼び戻せない?」

「やってみます!」


苦肉の策というか
たった一本の蜘蛛の糸。
藁にもすがる思い。
たった数行だが、
彼には利根川より、アマゾン川より
川幅のある台詞の
半分をもう一人の役者に振り分けるのだ。

が、誰でもいいってことではないので、
ちゃんと理由のつけられる人を
先ほど終了してバラしたにも関わらず呼び戻した。
彼女は電話が来て合点がいったのか
すぐに戻りの電車の中で台詞を入れはじめてくれた。


「これで、なんとかなるだろう…
 ならなきゃ、今日は深夜か徹夜だ」

誰もその意見に反対しなかった。
笑える話しでもない…

でも、これだけは言っておく。
約束は守ってもらうよ。
数行に減らしはしたが、
無くしはしない。






数時間遅れで現場は進行を始めた。
何度かテストを重ねると、
わずかだが、少しだが、
当初よりは台詞が入ってきている。


「よし、台詞が入ったなら、
       芝居をつけるよ」


少し、ギョッとしたような気もしたが、
そんなことは気にすべきことではない。
演出するのが俺の仕事だから。

台詞を覚えたら終わりなんてあり得ない。
台詞を吐き出すことに精一杯の芝居なんて

見たくない。

極端なことを言うと
台詞の文字数を
今回貰うギャラで割ってみなさい。
1字いくらなんだと。
10円か?100円か?
それがどれほど
重たい文字なのか台詞なのか

考え直して欲しい。





師匠の現場での経験がなかったら
かなり、うろたえていたかもしれない。

だって、そうでしょ?
台詞の入ってない役者に芝居をつけることは、
ほぼ不可能なのだから。
仕事したくても、仕事できないよ。

頼むから仕事させてくれ!





約3時間押しで撮影終了。


じゃ!