新・カチンコ日記2

根無し草男の映像日記

余韻。

8月7日
僕がふと目を覚ましたのは、
公園のベンチだった…

炎天下の夏の太陽の下、
僕は汗だくになった状態で
ベンチに横になっていた。
辺りを見渡すと、
子どもたちがブランコに揺れている。
その何でも無い光景が、
逆に余計に何でもなくないことのように見える。

何故?

確か、今日は撮影のはず
そう、確か、僕は演出で
西に出張にきていたはず…

でも、ここには子どもたち以外誰もいない。

昨日、あれほど僕を助けてくれた
沢山のスタッフは幻だったのだろうか…


いや、鮮明に覚えている。
昨日の撮影のこと。

そして、今朝のこと…


3時30分に起床して、
4時15分にホテルのロビーに
降りて行く予定だった。
一度、3時30分に起きて、
着替えたものの、
その段階で30分ほど
集合まで時間があったこともあるが、
そのままベッドに横になってしまった。


電話のベルが鳴り
受話器から制作Iちゃんの声が聞こえた時、
まるで意味がわからなかった。

「大丈夫ですか?」








”は?何が?何が大丈夫だというのか?”

”俺の身に何かあったとでも言うのか?”






”俺が遅刻でもしたかのような口ぶりじゃ…








ノ、ノ、ノ、ノォォォォォォォォォォォォッ








二日しか無い撮影なのに
二日とも遅刻した…

ひどい、ひどいよ俺。





で、撮影二日目であり最終日である。
朝は昨日、雷のために撮影できなかった
夕方のカットからのshootである。
登ってくる朝日を夕日にみたてての撮影。
すでに照明部は3時出発で準備している。

僕の遅刻のために
現場に着いて10分ほどあった余裕の時間は
ゼロになってしまったために、
着くなりすぐにshootしなければならなかった。

とはいえ、着いていきなり

”よーい!スタート!”

とは、叫べない。
撮影部と照明部が登る太陽に
焦りを感じている最中
少ないチャンスでOKを出すために、
出演者たちに声をかける。

芝居を固めて
深呼吸をしてから


「よーい! スタート!」







通常、CMの撮影現場には
ビジコンといってカメラの映像を
別場所のTV画面で見られる機材があるのだが、
この画面はあくまでも参考程度である。
なぜなら、この映像は、
カメラのレンズからの映像ではなく、
ファインダーからの映像であるためだ。
アングルの最低限なチェック程度と
思って差し支えないと思う。

けど、その最低限のチェックをするだけの
このビジコン映像を見るだけでも、
この朝日のカットが素晴らしいのが分かった。


昨日は、日の出という
早朝の撮影がちょっと嫌だったもんだから
自分で言い出したものの、
しまった!なんて思っていたんだけど、
このビジコンの絵を見て
朝早く起きたかいがあったと
心底思った。




そして、この、なんというか
はっきりいって、

いや、

どちらかというと、


気の抜けた、
力の抜けた、

シャキッというよりモヤッと、
スッというよりポヤンとした

今回のCMには
似つかわしくないような綺麗さだ。
そして、それはつまり、
とっても似合うということでもあり、
何を訳のわからんことをと思うだろうけど、
そういうことなのだ。
中途半端に合っているより、
中途半端に合ってないより、

全く合って無いくらいの方が
ビタッと目押ししたくらいに合うもの。



だと思う。




そして、その後、次の現場である公園に行く。
着くなり、制作のMちゃんが、
制作Aちゃんのシーバーを通して聞いてきた。

「監督ぅ!カキ氷の何味が良いですか?」

確か、その時のチョイスは、
抹茶ミルク…。

「練乳アンドシロップ多めで!」

と、シーバーで返事をしたはず…
そして、楽しく撮影をしていたはず…









が、今、僕は、
その時にいた公園とは違う公園のベンチにいる。
太陽は、15時からの雨予報が嘘のように
ギラギラと照りつけている。
腕時計を見ると14時近くになっていた。
予報通りなら後1時間で撮影はできなくなる。
昨日と同じような雷を伴う豪雨がきたら
撮影ができないどころから
雷に打たれる危険さえある。

だから、どんどん撮影しないといけないはず、
そう、周りからもプレッシャーをかけれらたし
撮影のChiさんも朝から早く撮ろう!と
あからさまに巻いていた。

はずだ。

確か、うっすらとした記憶の中では
そんなことがあった。

でも、誰も見当たらない。



一体、何時間、いや、何日寝ていたのか?


そんな気にすらなってしまっていた。
僕は、撮影を残してスタッフの前から
消えてしまった存在になってしまったのか?

そんなバカなことを考えていたら
遠くから照明部が大きくて重そうな機材を
数人がかりで運んでくる姿が見えた。

僕の目の前を通りすぎた照明部は
ブランコの枠に機材を建てかけて、
次の機材を運びに走っていく。


「そっか、今日はここで撮影があるんだな…」


完全な脳内異邦人状態。
新人制作のAちゃんが、
汗だくで歩いてきて
僕の微笑んだ。

「監督、ずっとここにいたんですか?
 喫茶店に行ったとばかり思ってましたよ!」








単純に僕は
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ
忘れられていたらしい。

うん、よくあることだよ。

うん、よくさ、忘れるんだよね監督を。

そうそう、気が付くといないからね、
きっと一人でも生きていけると思われるよね。
まあ、大人なんだしね、
一度来てるわけだしロケハンで、
迷うこともないでしょ。





うん、そう、大丈夫だよ。
皆が片付けていたり、
バラシていたりする間に
ちょっとだけ眠れたしね。

公園のベンチでだけど。


みんな汗だくで働いているのに
僕は楽をしていたわけだから、

公園のベンチで炎天下で寝てただけだけど。



まあ、いい、そんなことは。
今日は15時から雨の予報。
途中、16時説や18時説も流れたが、
遅い時間で決めるとヤバイので
15時説で現場を進めることに。

で、15時45分くらいまで
空には太陽が見えていて、
強い影を落とすほど輝いていた。

が、ちょうど15時を少し回ったころに
空模様は激変した。
雲が空一面を覆いつくし
明るかった空は
雲のフィルターを通されて
どんよりとねずみ色に変色してきた。

三つほどカットを撮影した時
小粒だが雨が現場に降りそそいだ。
慌ててカメラなどの機材に
ビニールがかけられた。
出演者も雨と同時にテントへ引っ込んでいった。

蜘蛛の子を散らすように、
スタッフ、出演者全員が散った。


さっきの公園で僕が見た光景のように…



もしかすると駄目かもしれない。
このタイプを完成させるには
最低でも9カット必要である。
が、その9カットを撮影するなら
他の5カットも撮影できる環境でもある。

つまり、残らず撮影することがベスト。

予報では雷雨の可能性があった。
が、暫くすると雷どころか、
雲が少し薄くなり雨が止んだ。

「よし!今のうちに撮影するぜ!」

と、スタッフ全員がスピードを上げた。
制作Mちゃんも昨日とは全く違う勢いを見せ
見違えるほどに現場のスピードがアップした。
僕も、指示系統がはっきりしたので、
全ての指令はMちゃんに伝えた。
そして、そこから全ての指示が
適当(テキトーじゃないよ)な部署に伝わる。


スピードは3倍から4倍ほどになったが、
天候は曇りにはなっても
晴れにはならなかった。
そして、いつ雷雨になるかも不明だ。

だから、多少の曇りでも腹をくくって撮影をする。

いつ、撮影が中止になっても良いように
コンテを常に眺めならがら、
どこまで撮影できたら成立するかを考えた。
一つ一つのカットを大切にするために、
予定では1秒ほどのカットでも、
何があっても良いように、
3秒近く使えるように芝居に前後をつけた。




そして、結局は全てを撮影しきった。



雨は、僕らのいる場所をかわした。
15時に一瞬だけ降っただけで、
その後、雨は現場には降らなかった。








そうとなれば、欲も出る。





いくつか追加カットまで撮影した。







「監督ぅ、このカットで撮影は終わりですか?」

とヘトヘトのカメラマンChiさんが聞いてきた。


「終わりです。」



そういうと、スタッフたちにも笑みがこぼれた。



「はい、このカットの撮影は終わりです」



「…、はせさんがそんな人だとは思ってませんでした」






「はははは、助監督の時は、
 少しでも決断を早くするのがモットーでしたが、
 演出をやっていると、
 少しでも結論を急がないようにするのが
              モットーになったんですよ。」


「……」



「いや、このカットで終わりにします。 本当です。」





少し信じられないという目をChiさんはしたけれども、
すぐに撮影を終えた。

もう、35mmフィルムは回らない。


記念写真を撮影した時に
スタッフが全員集合したんだけど
その人数の多さに
今になって驚いた。




ありがとう、きっと良いものにします。









夜、ホテルでメールを開くと
帰京する明日、
夕方からVPの打ち合わせが入った。

余韻もへったくれもない。

じゃ!