新・カチンコ日記2

根無し草男の映像日記

不安と闘え

6月9日
映画とあらば助監督チーフが、
CMとあらばプロデューサーが
天候判断の決断を下す。

夕方になり雷雨が都内を包んでいるが
夕方まで雨は降ってはいなかった。
確かにどんよりと雲ってはいたが。
予報では明日は”晴れ”である。
現時点ではこの判断は正解であったと思われる。
しかし、もし、何かのはずみで
雨もしくは事故的な何かがあり
それが甚大な被害を与え
撮影に支障、中断、中止なんかがあった場合
一転して、この判断は疑われることになる。

雲でもやっておけば良かったんじゃないの?
雨でも無いのに
予備日使うなんて…と。
予備日に絞るということは
後が無い情況だ。

明日撮影が出来なければ
それは確実な死。

いや、大袈裟だな、
死神に魅入られる程度か。
不安で不安で仕方ないんじゃなかろうか。

明日の確実な晴れ。
明日の平穏無事な進行。
そして、最高のクオリティ。

なるようになる。
なるようにしかならない。
奇跡は頻繁には起こらない。

そんな訳で今日は
撮休である。
朝と夕方に幼稚園まで息子を
送り迎えした。

風呂上がりにジュースを飲みたいと
わがままを言う。
娘も同調してハモる。

奥さんは断らずに

「一人でお使いしてきたら?」

ともちかけた。
いわゆる初めてのおつかいだ。
そもそも、自宅にはEVとオートロックがあって
たっぱの無い子供には
マンションから出られないし
出たら戻れないという
メルキドの要塞なのだ。

しかし、息子はジュースが飲みたい。

「道路渡るのは危ないから
お店の入口まではパパが着いて行くよ」

「あー、ちょっと考えさせて」

なかなか渋い言葉遣いをする。
で、すぐに腹は決まったのだろ
娘に何ジュースが良いか聞いている。

「〇〇ちゃん、何ジュースが良い?
りんご?オレンジ?オレンジね!
よし、わかった。買ってきてあげるからね!待ってて!」

そうして、息子は
戦場へ赴く兵士のように立ち上がった…

店の前で意を決した息子は言った。

「パパはここで帰るんだよね。
じゃ帰っていいよ!」

躊躇無く歩き出した息子の背中には
『成長』と書いてあるように見えた。
真っ直ぐジュース売り場に向かい
りんごジュースを両手に抱え
レジに並んでいる。
その行為よりも
その表情に俺は打ちのめされる。

辛い思いと感動と嬉しさと切なさと…

言われたことの一つ一つを
思い出して実行しているようだ。
店を出た息子は
目の前にいる俺には
気が付かないほどに真剣だ。
道路を車がいないことを確認して
走り出す息子。
もちろん、何かあれば飛び出せる場所に俺はいる。

受け取ったお釣りを
ビニール袋に入れ
”これなら落ちない”
と呟いている息子。

親バカで構わん。
感動で目に涙が溢れた。

そして、鍵を持っていない息子が
オートロックの前で
立ち往生している時
俺は顔を出した。
その時の安堵に満ちた顔。
この記憶は一生の宝だ。

そして、明日の朝。
プロデューサーは
きっと息子と同じように
安堵と安心に満ちた顔をするのだろう。

今日のところは
闘え、不安と闘え。

じゃ!