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新・カチンコ日記2

根無し草男の映像日記

誕生日に思うこと。

2017年4月20日

ども、長谷巌一郎です。
本日めでたく?誕生日を迎えました。
44歳です。

まあ、この年齢になると嬉しいとかそういう気分はまるで無くなります。
もうプレゼントを貰う年齢でもありませんし、
欲しい!と思う物は誰からプレゼントされるようなものではありません。
きっと徐々にそうなっていくのだと思います。

さて、一応節目だと思うので
過去のブログを遡ってみると
一回目の投稿年度は2002年の4月18日でした。
もう15年も前の話しですね。
まだまだ、僕は助監督で、演出というか監督というか
一生助手のままかもしれない、夢なんて叶わないって考えてました。
あ、いや、2002年頃はまだ「映画監督になる!」って考えてたかな。

それが映画の助監督を数本やりつつ、
TVCMで助監督として引っ張りだこになったこともあり
演出家・監督になりたいという思いは一度捨てました、諦めました。
あ、諦めたの嘘だ、諦めてはないけど、一度、どこかに置いておこう的な。

でもね、こんなもんだよねって思ってた時に
とある会社のVPの仕事を頂きまして一生懸命やりました。
すると、数ヶ月後に同じクライアントから再びオファー。
何本かVPを撮ると、次はTVCMを演出しないか?となり、、、
気がつけばTVCMの演出をさせて頂きまして、
調子に乗って作品集なんぞも作りましたが全然名前は売れず。

結局数本CMを撮っただけで詰みか

と思ったところにある映画のチーフ助監督の仕事が入り、
その仕事が縁でとある大企業のほぼ専属演出家となり、、、
そうなると、制作会社も僕への扱いが変わり
助監督の仕事から企画などの根幹に係わる発注が増え、、、

ふと気がつくと助手の仕事より演出の仕事の方が多くなっていました。
特にVPと呼ばれる企業向けの映像がどんどん来ました。

それが一旦完全停止するのが2011年3月。
正確には4月の初旬からオファーされていた仕事が全てキャンセル
以降に目論まれていた案件も全て消し飛んだのです。

忘れもしません。

あの年、2011年4月20日。

hasegen.hatenablog.com

映画を撮りたいという夢を語っていますが
その日の夕方、僕は(仕事が無く暇だったから)子供を連れて
近所の公園に散歩に出たんです。

子供がブランコで遊んでキャッキャッ、キャッキャッと言っている中、
僕はスマートフォンでアルバイトを探していました。
映画なんて夢を語っている場合じゃありませんでした。
明日、明後日、数日後か数ヶ月後に必ず来る【破綻】が僕を押し潰していました。
頭の中は【金、金、金】です。
だから、映画で一発当ててなんて思ったのかもしれません。
夢を語った風を装って、ただ、金が欲しかっただけなのですきっと。

でも、まあ、ただ今を楽しそうに生きる子供たちを見ていると
なんか、どーにでもなるかなーって思ってしまうのも僕の性能の一つです。
決して思い詰めたりなんてしませんしそんな機能はついてません。
壊れてしまいますから。

で、その時検索してみつけたアルバイト先に拾われて(映像関係の会社でした)
映像編集のアシスタント業務のバイトだったはずなんですが
絵コンテ作成から演出・編集まで任せられるようになり、
一時は年間契約まで頂くまでになりまして。

人生何があるか分からないなぁと思う訳です。




で、44歳です。
なんとか一本映画は撮りました。
VPでも産業映像祭で優秀作品賞もいただきました。

正直、好きなことばっかりやって生きています。

好きなことしかやっていません。
映像にショーにベーゴマです。

あと、何年生きられるか分かりませんが
死ぬまで好きなことをやって、
やってやって野垂れ死にたいと思います。

きっと子供たちには、何も残してやれません。

このブログくらいです。

僕の文章・言葉くらいです。


だから書き残しておきます。
「好き勝手に生きろ。誰かのために生きろ。夢を諦めるな。」


44歳。これからもずっと同じです。



じゃ!

2017年4月20日
長谷巌一郎