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新・カチンコ日記2

根無し草男の映像日記

オフライン試写。

9月12日

土曜日に繋いだオフラインの試写。

試写と言っても、事前のデータ送信しているので、

すでに試写が終わった状態からのスタート。

これまた、事前に

試写後の感想と修正依頼メモが

届いてきている。

VPにおいて試写後の修正には

大きく分けて2つの種類がある。

クライアント事情的な修正と

個人的観点や趣味趣向が先天的にある修正。

そのどちらも、一見簡単に区別出来そうだが、

これが、クライアントと話していると

なかなか難しい問題になったりする。

また、これは同時に演出領域の部分を

どれだけ明け渡すか、擦り寄るか、

投げ出すかということに繋がってくる。

演出家として、台本を書いて、

演出をして、編集をしているのだから

この映像全てが、僕が産み出した物であると言える。

当然、色々なアイデアやクライアントさんの意見も反映しているが。

これらを全て咀嚼して飲み込んで産み出したのは

自分だという思いには揺るぎはない。

尊敬する先輩監督が、ことある事に

自分が作り出した映像を、

自分の子どもだと言い換えていた。

その気持ち、演出家になる前から理解はしていたし、

助手として参加していても同じ気持ちだと思っていた。

けど、全く違う。

本当の意味で自分の子どもだと思えるかどーかってのは。

自分の血で肉で骨なんだ。

まして、企画から書いている。

だから、全身全霊で守る。

そして、全身全霊でしつけ(修正)もする。

こう例えると分かって貰えるかもしれないが

ダブルスタンダードが最も困るのだ。

子どもにとって。

何が正解で、何が不正解かを教えるのに

その境界線や、ぼんやりでも良いけどもボーダーライン的なものが

時と場合によって、右と左、上と下で全く違っていては

品行方正な性格には絶対にならないのだ。

父と母で言っていることが違ったら

困惑するのは子どもだ。

それを押し付けたら

壊れるのは当たり前だ。

だから、演出家として僕がいるんだと考えている。

まあ、色々な問題はどこにでもあるが、

僕というフィルターを通してでなければ

作品という子どもを勝手に触らせるつもりはない。

クライアントがどーとか関係ない。

一人前になって、巣立つまでは、俺のものだ。

じゃ。