新・カチンコ日記2

根無し草男の映像日記

プランを練りながら…

4月16日
口の中を血がダクダクと流れ落ちている。
傷口は治療されたとはいえ
ぱっくりと口を開けたまま…
口の中いっぱいに広がる鉄の味、
それを強引に酸味のキツイコーヒーで
胃の奥へと流し込んでいく。
タバコを控えてくださいと言われたそばから
アメリカンスピリットライトに火をつけた。
タバコと血の鉄の味が
より一層気分を参らせてくれる。



ここ数ヶ月の間の最後の砦だった。
あちこちに出来た原因を取り除くため
毎週のように病院に通った。
それが、今日終る。

親知らずとは良く言ったものだ、
確かに、子ども時分の歯は
歯磨きや抜けた歯のことなどもあり
息子や娘の歯のことは良く知っている。
親知らずは、そんな親の介入が終った後
自分でも知らない間に
全くそっぽを向いて生えてくる。

全くそっぽを向いているから
食べ物を噛み砕く際にも
全く役に立たないし
食べかすだって溜まる。
気にして歯磨きを念入りにしても
やっぱりというか残念なことに
虫歯になってしまった。

そもそも、奥歯の詰め物が取れたと
歯医者に顔を出したんだが、
そこで新たに発見された虫歯が5本。
毎週、1本づつ治療してきた。

最後に残ったのが、この親知らずだ。

左上の奥歯。
歯はまるっきり外側を向いていた。
痛みはなかったが結構進行した虫歯だった。



頭の中に響くゴリゴリ、ガリガリした不快な音。
麻酔で痛みが全く無いとは言え
身体の一部であった歯が削られて
むしりとられる様の音は
とてつもなく嫌なものだ。
ものの5分程度でキュッとした音が鳴り
歯が取られた。
どうせならシャンパンを開けたような
スパコーンッ!!と鳴ってくれたなら
気持ちが良いというか、諦めも良いのだが、
何か、歯と肉が擦り合わさって出たキュッという音は
今も頭から離れないでいる。

抜いた歯は奥歯だけあって
かなり大きい歯だった。
虫歯もかなり進行したようで真っ黒になっていた。
前回、親知らずを抜いた時は
歯を砕いて抜いたために
こんな綺麗な形のまま見るのは初めてだ。
しげしげと見つめていたら
歯科助手の子が

「持ち帰られますか?」

と聞いてきた。
俺は止血のためにガーゼを咥えていたので
まともな返事が出来ず、

「うう、あ、うあ、」

と、バカ丸出しの返事で対応した。
あんまりにもバカっぽかったから
下手をするとガーゼかなんかで
くるまれた歯を渡されるんじゃないかと思ったが、
歯の形をしたかわいらしいケースに入れてくれた。
中味の真っ黒な奥歯とは対照的に
真っ白でかわいらしいケース。

     中はあえてお見せしません。

よし、帰ったら息子に見せてやろう。
これが虫歯だと。
こうなる前に、
しっかりと歯磨きをしないと駄目だぞと。
パパはバカ丸出しで歯を抜いたんだから
お前はそんなことをしないで済むようにな。

ああ、バカ丸出しは余計か。





あんまりにも歯茎から血がダクダク流れるから
歯医者から貰った滅菌されたガーゼを
強く患部に押し当てて噛んだ。
10分くらいすると血が止まるらしい。
また、バカ丸出しの返事をすることになるが、
喫茶店にいる限りは返事をすることも無いだろう。

「サービスのお茶でございます」

「うあ、あうがおおう…」

こういう時を多分見ているんだと思う。
そんな頃合いを知ってやってくるのだと思う。
裏でお茶を持ってじっと待っていたのだ、
バカ丸出しの返事しか出来ない俺を。
でなければ、ガーゼを噛んで2分で登場する訳がない。

そこそこガーゼを噛んでいたが
ものの数分だけ血が止まっただけで
相変わらず口の中は鉄の味がしている。

サービスのお茶でそいつを流し込む。



控えるように言われたタバコは
すでに5本になっている。
いや、これでも充分に控えている。

そう、今、喫茶店でやっているのは
台本の修正である。
クライアントから未だに修正依頼が
来ないのだが、
昨日までのロケハンで得た情報を元に
少し現場に合わせた修正を入れている。
また、明日にはメインキャストとの
顔合わせもあるため
役柄一人一人に対しての
演出プランも作成している。

そんな作業でタバコ5本は
かなり少ない方である。

1時間で灰皿が山盛りになってもおかしくない。



確か、タバコのほぐして
傷口に塗ると血止めになると聞いたことがあるが
本当だろうか?
今、やってみようとは思わないが…





だんだん麻酔が切れてきて
歯があった場所が痛み出してきた。

食後と書いてあるが、
1錠痛み止めを放り込む。







ふと、吸血鬼は
こんな鉄の味が好きなのかと考えた。



じゃ!