新・カチンコ日記2

根無し草男の映像日記

決断の瞬間

2月9日

■この日記は撮影終了後に
 香盤表を見ながら
 数ある出来事を
 思い出しながら書いたものです。
 若干の思い違いや誇張
 脚色が含まれています。

 ご了承ください。

映画「Watch with Me ~卒業写真~」撮影日記
『決断の瞬間』
       と き

2月9日
香盤、撮影スケジュールを預かる者にとって
全体のスケジュールの中で
必ず、保険や安全な日程を入れることは
ままある。

今回のような
特にスケジュールの少ない日程では
撮りこぼし=欠番のような
常にデットエンドと闘っている撮影では特に。

例えば、分量の少ない日を設定しておき
万が一の場合はその日程を使うとか
箱ものであれば、深夜再度使用するとか
方法論としては、いくつか用意しておく。
天気次第では、大変なことになりかねないし。


そう、昨日も大雨が降り
もし、外での撮影であったならば
大変ことになっていたであろうし・・・


いや、本当、昨日の雨はすごかった。



昨日までの3日間は
主演津田さん抜きで羽田さんのみの
撮影を固めて香盤を組んでいた。
そうすることで、
より香盤を計画的に進められるからだ。

そして、今日より
津田さんと羽田さん二人が揃い
いよいよ、本格的に撮影が進む。


10:00ホテルロビー集合出発。
昨日の撮影が、夜遅くなると予測していたことと
今日の朝一の便で津田さんが久留米入りすることから
撮影予定を午後からにし
ゆっくりと準備できるような時間に設定した。





主人公が過去に住んでいたという設定の家。
その前には畑があり、横には過去に
納谷であったであろう小屋。
地面は土で、現代にありながら
20年前という設定を簡単に言い表せそうな佇まい。

が、今、俺の目の前に広がる光景・・・




ピピー、ピピーと
バックノイズを鳴らしてトラックが入ってくる。
荷台には土砂が満載。
小型のユンボが土砂を万遍なく広げていく。
制作部総出で土をスコップで運び
所々にある水たまりに土をかぶせている。
そこを更に踏み固め、足場が緩くならないようにし
また更に土をかぶせていく。

「お手すきの方、踏んでくださーい!」

スタッフも総出で土を踏んでいる。
やれ、ここがゆるいだ
やれ、ここが危ないだと
自前の靴を真っ黒にして踏み固めている。


その陣頭指揮を執っているのは
元演出部で現制作部のM木。
ぐちょぐちょになった靴を脱ぎ捨てて
裸足で駆け回っている。




昨日のこと。
大雨の音が室内撮影に影響しないか
びくびくしながらの病院。

俺とM木は外をみやりながら相談していた。


「はせさん、このままだと
   明日の”自宅前”、やばいっすね」

「うん。よくて沼、悪いと洪水だな」

「ですね。俺、これから”自宅前”飛んで
   ブルーシートかけてきましょうか?」

「ブルーシートか・・・効果あるかい?」

「いや、やらないよりやった方がいいでしょ」

「ああ、それはそうだが。あれは土でも撒くか?」

「いや、それはやばいっす、やばいっす。
 あそこ撒くって言ったらトラック必要ですよ」

「だろうな。でも、
それ以外に方法、思いつかないが」

「・・・ブルーシートやってきます」

「そうか、わかった。頼む」

「はい」

そんな会話をしていたもんだから
現場に着くなり
M木が飛び込んできた。


「はせさん!どうっすか?」

「どうっすかも、こーっすかもねーな。どうした?」

「いや、ブルーシート全然
 役に立ってなかったっすよ。
 今日、怖いんで朝見に着てみたら沼でした」

「ああ、そうか、やっぱり」

「ええ、で、すぐに○○さんに電話して、
    土砂発注して、このありさまです」


顔までドロを着け
靴はぐちょぐちょで
この寒さの中、汗だくでTシャツ一枚のM木は
誇らしげに土砂で埋め尽くされた
”自宅前”を見せた。


「素晴らしい。素晴らしいよ、M木、ありがとう」

「いや、本当、朝の状況やばかったですって
 見せたかったですよ、これじゃ撮影できない!
 って思って、速攻、○○さんに電話っすよ」


「いや、本当にありがとう」

「午前中の撮影だったらやばかったっすね」

「ああ、そうだな。これもラッキーか?」

「アンラッキーですよ、こっちは」

「そうだな」



M木は朝一番でわざわざ確認しにやってきて
事の有様を確認し
その場で一番しびれる決断を下したのだ。
他の相談する相手もいない状況で。
撮影を止めるわけにはいかない。

ただ、その思いの一点で。



その心意気、貰った!



空は昨日の雨を引きずってか
どんよりと曇っており
時折、嫌な雨も降らせている。
しかし、撮影を止めるわけにはいかない。

絶対に撮る!



主演津田さん、羽田さんらが現場に入り
芝居段取りを始める。
多少、土砂のせいででこぼこするが
不可能ではない、撮影できる!行く!
今日、ここを撮影しないで
何が撮影だコノヤロー的な考えで
俺は移動車を押した。

空は一向に晴れやしないが。

無事に”自宅前”の撮影を終え
自宅内へ移動し室内撮影に入った。
室内に入れば、多少の雨なんか
スーパー照明部が照らしてくれるからOKさ!

かなり安心していた。

いや、安心を通りこして、確証していた。
今日も、香盤無事消化と。








が・・・






「はせくん、暗いんだよ、どーしても暗いんだ」

「え?外がですか?」

「うん、これじゃあ、デイシーンかナイターか
       わからない程の明るさなんだよ」

「・・・撮影できないってことですか?」

「いや、できる。できるけども、
        狙い通りにはならない」

「・・・」

「今日しか、撮影できないのか?」

「今日撮影しないと、欠番ってこと?」

「この光量で撮影できないことは・・・
      ないっすけどね、真っ暗ですよ、外」



すでに、スケジュールのことは預けてあるとばかりに
監督は何にも言わない。
夏篇ではスケジュールの余裕からか
別日に撮りたいと、言い放ってくれたのだが・・・


「長谷が今日しかないってなら・・・
              今日撮影するよ」



監督がやっと口を開く。
俺は、2階の窓から空を見た。
どんよりと切れ間無く曇っている。


「あそこの雲が切れたら、いけるんですけどね」


撮影チーフが全く切れもしなさそうな雲を見て言う。


「無理だろ、あそこの雲が切れるなんて」

「・・・ですね」

「長谷のスーパー香盤の出番だ」



撮影S水さんが
冗談なのか、本気なのか、
わからないことを口走っている。
いや、多分本気なのだろう。
直接は言わないが
この天気のこの明かりの状態では
撮影したくないのだ。
そう、顔に書いてある。
いや、哀願しているようにも見える。

すでに、監督、撮影部、照明部、演出部、
記録、制作部、全ての視線が俺に集まっている。

俺の次の一言を待っている。
先に撮影チーフが口を開いた。



「日没何時でしたっけ?17時?18時?」

「17時57分だ」

「逆算して16時くらいまで待って見ましょうか?」

「・・・いや、待て」



もう一度空を見た。
空は明らかに俺の決断が
たった一つしかないと告げている。


「この空じゃいつまで待っても無駄だよ。
 待つだけ無駄。中止。今日は中止にします」

「続きは?」

「今日の続きは明日やります。監督!」

「え?はい!」

「明日の香盤、マキますよ。かなり」

「・・・いいよ、わかった」

「Y井ぃぃぃぃ!明日の香盤差し替えだぁ!」

「!! へーい!」

「本日終了!撤収!」

本日撮影したシーン
S#35 36