新・カチンコ日記2

根無し草男の映像日記

クランクイン!熱中症時代

8月25日(金)

■この日記は撮影終了後に香盤表を見ながら
 数ある出来事を思い出しながら書いたもので
 若干の思い違いや誇張や脚色が
 含まれていますのでご了承ください。

映画「Watch with me 卒業写真 夏篇」撮影日記

待ちに待ったクランクインの日。
昔はインすると朝が早くて夜も遅いと
憂鬱な気分にもなったものだが
やはり、自分で香盤を作っているのと
余裕のあるスケジュールを確保したのとで
非常に気が楽で、期待も膨らんでいる。
俺の中では三日三晩雨が降り続いても
耐えうることのできる香盤であるため
多少のことではうろたえない自信もある。

しかし、どんなことにも弱点はある。

その弱点をいきなり突かれるとは
朝7:00出発の段階では
全く気がつかなかったし
気がつく暇もなかったのだ・・・

8月25日(金)【クランクイン!熱中症時代】

朝7:00
ホテルロビーを出て空を見上げると
雲が一面に広がる白い空が見えた。
快晴と晴れに大きな違いがあるのをご存知だろうか?
空一面に雲が1割以下である場合を快晴と言い
2割から8割までの状態を晴れと言うのである。

つまり、どう見ても曇りなのに
気象観測状この空は晴れになる。

そんな白い空。

久留米市草野町から見える耳納連山が
薄い雲に覆われている。
今日はこの晴れで勝負なのだろうか・・・



安心しだしたのはそれからものの1時間後のことだ。
いきなり空は、雲の無い快晴になり
夏の直射日光が草野町の柿畑を照らす。
初日からの夏の太陽に
我々スタッフは嬉しいやら辛いやらである。

頭をジリジリと太陽が照りつける。
頭に被ったタオルが汗を吸い込んだ瞬間に
汗を水蒸気に変え外に放出しているようだ。

開始からものの3時間ほどで
ガンガンする頭痛がしだす。
水分を飲んでも飲んでも喉が渇く。
どう考えてもこれは熱中症に違いない。
立っているだけで疲労が溜まる。
しかも、準備は午前中最大の山場を迎えていた。




「レール発注!4本半!」

「へーい」

「ミニジブ発注!」

「へーい」

レールとは移動車を載せるための
まさにレールであり、
4本半というのは、レールの長さである。
そして、ミニジブというのは
小さなクレーン。
移動車に乗せて、カメラマンが一人で簡単に
カメラを上下させることができる代物である。

レールが4本半でミニジブということはだ
移動しながらカメラが上下に
上がったり下がったりするということだ。
文章で書くと簡単に見えるかもしれないが
これは非常に細かいタイミングと
呼吸の合わせが必要な難しいカットなのである。

しかし、今回は前回の映画「千年火」と違って
俺には心強い味方がいる。
セカンド助監督M木である。

通常、移動車などの特機類は
セカンド助監督が動かす場合が多いのだが
前回に至ってはある事情から
俺が移動車を担当していたのだ。
で、今回はもちろん
M木に任すことにした。

だって、大変だもん。

「M木よ」

「はい」

「移動車なんだが、俺、やる?」

「いや、いや、いいっすよ、俺がやります」

「え、本当?それは助かるな、じゃ頼むよ」

「はい!」

そんなM木ものっけから
レール&ジブだとは思いもしなかっただろう。

移動車はジブを乗せると移動するための
ハンドルをつけられずただの板状になるため
M木は四つんばいになって移動車にひっついている。
しかも、場所は畑のあぜ道であり
結構な坂でもあり、移動車には2人の大人が乗っており
カメラとジブの重量を考えると
単純に150キロは越えていると思われる。

頑張れ、M木。

押せ!押すんだ!M木よ!
汗ダクダクなんて気にしちゃいけないよ
鼻息荒く押さないと動かないなんて
その鼻息を録音部が拾っちゃうからね!

押せー!





12時
公民館で弁当と食べながら香盤を見る。
ほぼ香盤どおりに事は進んでおり
スケジュールは俺の手の内にあり!と確信した。




が、その確信は不安に変わり
俺の有頂天な気持ちは、どん底に落ちた。


14時
少し巻いていかないとやばい雰囲気だった。
撮影初日ということもあり
スタッフ間の連携や意思疎通に
多少、不慣れなことが多く
香盤の消化も少し遅れ気味になってきた。

巻いて、香盤全てを消化すべきか?
途中残にして優先順位の高いシーンを
このペースで撮影していくか?

迷うことなく、後者を選択した。


「監督、このままではS#50が埋まりません」

「うん」

「この間にある、S#1を飛ばしてですね、
 先に50を埋めていきましょう!」

「わかった、任せるよ」

「はい。じゃ、次のシーン飛ばして移動するよぉ!」

「へーい!」

ここまでは何の問題もなかった。
いや、問題の陰はそこかしこに見えてはいた。

俺たちの頭上には黒い雲が迫ってきており
その雲は確かに雷を放っていて
みるみるとこちらにやってくるようだ。

時間的にも香盤消化がやばい状況の中
後、数時間後に必ずやってくる雷雨。

もう、ここで勝負はついていたのかもしれない。






15時
どん底に落ちた気持ちで見上げる空は
とことん曇っていて黒い。
レールまでひいて、
芝居テストまでやって、
いざ本番の前にやってきた暗雲。
雷嫌いな監督は早々に引き上げモード。

香盤の半分を残して撮影隊は撤収。

近くの公民館に引き上げた。

黒くて強い雨を降らせた雲を見上げながら
俺はすぐに次のことを考えなければならない。


このまま【中止指令】か【回復まで待機指令】か・・・


空を見上げる俺の背中を
指すような視線が痛い。

スタッフは指令を待っている。



カチンコ日記を毎度読んでくれている方々は
お分かりかもしれないが、
キャストへの芝居指示以外の指示は
ほぼ全て助監督が行うのだ。
特に撮影全般におけるスタッフへの指示連絡は。
そして、その決定を下すのは
他ならぬ俺であり、
俺は一人しかいないし、
俺は俺でしかない。

俺が決めたことで
40人からのスタッフキャストが
「へーい」とばかりに動き出す。

誰も、この結論の責任は取ってくれない。
俺が出し、俺が責任を取る。


熱中症でガンガンする頭を抱え
更に初日から問題のある決断で頭を抱える。







ああ、ああ、助監督という商売よ
こんなにしても、多分報われはしない。

ああ、ああ、演出部よ
指示系統の要と言われながらも
軽んじられる歯車よ。




ああ、ああ、
天気は俺のせいじゃない。









本日撮影したS#
S#1のいくつか
S#50のいくつか

S#1のいくつかが残。
S#50のいくつかが残。