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新・カチンコ日記2

根無し草男の映像日記

本家・カチンコ日記 第171回~第180回

先日惜しまれつつ閉鎖してしまった。 演劇ブック主催サイト アータウン内の映像サイト『モータウン』にて連載されていた日記 「長谷巌一郎のカチンコ日記=本家カチンコ日記」を転載しています。 各日記には楽しい写真が載っていましたが サーバー容量の関係上割愛させていただきました。

では、どーぞ!

第171回
眠れぬ夜(7)
2003年04月07日

思いもかけず、掲示板で僕の現場デビューの作品の名が
挙がったので懐かしくなった。
(※注:現在は掲示板はありません)

1995年4月。
同じ年の3月に映画学校を卒業した僕は
学校の進路担当に「助監督から始めたいです」と告げていた。
「お前珍しいな」とか言われて、紹介された現場が
『新宿黒社会-チャイナマフィア戦争-』だった。

何故、この作品の現場だったかというと
監督である三池さんとプロデューサーが学校の卒業生だったから。

当時ポケベルしか持ってなかった僕は
卒業してからというものポケベルを毎日のように確認していた。
いつくるか判らない連絡を待つのは苦痛だよね。

確か2週間くらいしてからだろうか、
それは突然に鳴り出した。
03からはじまる見たことのない電話番号。
これだ。
ここに電話をかけたら始まる。。。
物凄い緊張した。

とりあえず明日来いみたいな電話だったと思う。

FAXなんて高級な代物は無かったから
制作会社の行き方を綿密にメモッたね。

ちなみに俺は普段相当な方向音痴だからさ。

制作会社は原宿にあった。
メモを頼りに結構な距離を歩いた。
”集合時間の基本は1時間前”と学校で習っていたから
2時間前には着いたな

早すぎたけど。

うろうろと迷いながら原宿を歩いていくと
会社はあった。
薄いピンク色のビルだった。

心臓が張り裂けんばかりに緊張した。
出入り口を5回くらい出たり入ったりしたもん。
怖くて怖くて。
頭の中で何度も
「おはようございます!」とか
「よろしくお願いします!」の練習したもん。

だって、映画って体育会系っていうじゃん?
ってことは挨拶できないとやばいって思ってた。

もう、ドッキドッキしながら会社のドアを開けた。

想像以上に人がひしめきあってた。
「うおーすげー」なんて思ったっけな。
なんか怖そうな人ばかりに見えて帰りたくなった。
でも、もう後戻りなんてできないし、
映画やりてーって思ってたし。
夢も希望も一杯だったし。

そしたら、サード助監督の人が出てきて
すげー優しそうだったからすげー安心してさ。

んで、初めて脚本を貰った訳だけど。
裏に別な脚本が書かれたコピー用紙なのよ。
びびった。
なんだこれ?
ゴミ?
みたいな。
したら、まあ、まだ準備稿だからってことで
再生紙だった訳だ。

そうそう、それで、初めてプロが書いた
これから映画になる脚本を読んだわけだけど
もう、全然頭に入らないのよ。
緊張して。

「どう?」

なんて言われてもさ、

「はぁ。えーと、、、」

なんて、しどろもどろでさ。
「つまらないです」
なんて言ったら殺されるかな?とか考えたりね。
しないしない。

それから、サード助監督にさ
仕事の進め方とか、調べ物のやり方を聞いてね。

今なら、インターネットでぱっと検索できたりするんだけど
当時はそんな便利な物なんてないから
もっぱら図書館ね。
朝から晩まで、図書館で「ヤクザ」やら「刺青」やらの
調べ物するわけよ。

変でしょ?

ほっといてくれ!

生体肝移植とか相当調べたもんなぁ。
移植手術した後の手術後はどうなっているのか?とか

だから、今は本当に簡単になったよねー
インターネットさまさまだよ。

あー長くなったね。

まだ、撮影中の話しまで行ってない。。。

これから、初めて監督にあった話や
初めてのプロの現場の話とか
突然「お前、出ろ」とか言って
エキストラで出演した話しとか

あー沢山あるけど
また次の機会に。。。。

第172回
眠れぬ夜(8)
2003年04月09日

なんだかんだともうすぐ一ヶ月になる。
つまりドキュメンタリー撮影も終盤を迎えている。

ドキュメンタリーに参加してみて
つくづくカメラという機械の力を知った。
人は少なからず、カメラを向けられると演技をしてしまう。
自分という役を演じるのだ。
撮られるという状況は見られているということであり、
それは緊張や羞恥を生む。
結果演じるという行為を作り出す。
そして常に見られているということは、
自分のことをよく知っているということでもある。
つまり、長く一緒にいることでカメラは観察者・傍観者から
知り合い・友人のようになっていく。
自分の状況や悩み、夢や希望、人に対する思い、
感情を知っている第三者。
カメラは何も答えないが皆饒舌になっていく。

「本当はこれからが面白いんだ」
と、栗田さんが言ってた。

ドキュメンタリー最後の締め括りは沖縄ロケだ!
沖縄から帰ったらすぐ八丈島ロケだ!

八丈島から帰ったら三十路だ!

▼将来が不安で眠れない夜

第173回
眠れぬ夜(9)
2003年04月11日

忘れているかも知れませんが
玄関に貼ったポストイット
まだ効力は衰えていないようです。

果たして、風水の効力なのか?俺の努力の賜物なのか?
もしくは業界に俺ブームが到来しているのか?
全くもって謎だが
大変嬉しい状況であることに変わりはない

さて、そんな人気者の私なのだが困ったことに弟子に人気がない
人気者なんだか人気者じゃないんだか判らん発言だがそんな感じだ

先日も「飯でも喰うか?」とメールしたのに返事がない。
「最近はどうだ?」と心配しても返信なし

『え、えー!マジでぇ~!』

多分忙しくてそれどこではないのかも知れないが、
ちょっと淋しい私だ

まあいい。

強くなるさ。

でも昨日取材対象者に
「エイゴ トテモ ウマイヨ」

と言われたからちょっと嬉しい
でもほとんど日本語なんすけど…

そうそう
その対象者と栗田さんが英語でガンガン話てる時、
急に栗田さんが僕を見て

「Whatホニャララ」

て言うのね。

『わかんねーよ!』

▼英語が判らなくて眠れない夜

第174回
眠れぬ夜(10)
2003年04月12日

この街とも今日が最後。
明日、沖縄に行くことでドキュメンタリー撮影は完結する。
一人で撮影しまくってる栗田さんもさすがに弱音を吐いた。

「明日、起きられるか心配だから
電話して貰えませんか?」

「僕、5時起きなんで5時30分なら電話できますが」

「え・・・。なら、いいです」

「…。じゃ、5時30分に!」

「や!やめてください…」

「はい」

どうして俺は意地悪なんだろうか?
自分でもよく判らん

さて、つーことで明日は沖縄である。
あー暖かそうだなぁ沖縄。
あー青い空なんかなぁ沖縄。
あーもう夏だったりして!沖縄。

▼寝たら起きられないから眠れない夜

■次回予告
「沖縄最高!~青い海対俺様~」
(俺様の都合により変更があるかもしれませんので御了承ください)

第175回
眠れぬ夜(11)
2003年04月15日

羽田にいる。

なんだか目まぐるしい
昨日沖縄から帰京し
今日から八丈島へ行くのだ。

あのCMの第6話を撮影に…

▼ベットが堅くて眠れない夜

第176回
眠れぬ夜(12)
2003年04月15日

東京に10時間ほど滞在して八丈島に飛んだ

「うっ、寒い」

しかも雨まで降ってる…
明日から撮影なのに…

「あー!け、圏外!」
「言ったじゃないすか、長谷さん。
八丈島はドコモだけですって」

スーパー制作部 Iさんがニヤリとした

何故か早く撮影したいのに撮影したくない
終わってしまうことが心底悲しい
こんなに複雑な心境で撮影に望むなんて…

▼携帯が圏外で眠れない夜

第177回
眠れぬ夜(13)
2003年04月16日

いよいよ始まる。

9:00ホテルロビー集合出発

朝一番の飛行機で現地入りする
スタッフキャストを出迎えて現場へ…
天気予報は曇り後晴れ
いけるかもしれない

が!

現場は山。
行ってみたら最悪の天候だった。
見渡す限り霧、霧、霧で真っ白なのだ。

撮影したくても撮影できないよ

とはいってもワンカットだけ撮影して終了

シリーズCM最終話完結にワンカットだけ近づいた。

最高なスタッフとキャストだ最高な天気で撮影したい!

▼明日の天気が不安で眠れない夜。
というのは嘘で
同室のスーパー制作部Iさんのいびきで眠れない
寝られやしない!

第178回
眠れぬ夜(14)
2003年04月17日

「村上さん!伊藤さん!
 全シーン全カット、
 第一話から第六話まで統べて
 撮影終了致しました!

 皆さんおつかっしたぁ!
 ありがとうございましたぁ!」

自分で撮影終了の台詞を叫んで
思わず”ウルッ”ときてしまった

北海道にも行きました
おいしいパン屋にも行きました
でっかい月も出しました
雨や雪も降らせました

本当に全てが素敵でした

許されるなら終わりたくなかった
ずっとずっと続けていきたいシリーズだった

でも、
始まりがあれば終わりがあるのは必然
だから…

別れ際に交わした握手の力強さの感触がまだ手に残っている…
きっとまた現場で会える。
それもまた必然だろうとも思う。

▼想い出が一杯で眠れない夜

第179回
眠れぬ夜(15)
2003年04月18日

朝一便で出発する俳優部を見送り、
二便の出発までの数時間をホテルで過ごす。

朝食を食べながら

「終わっちゃったんだなぁ…」

と淋しくなった。

八丈島は夏の様に暑くなってきました。
羽田は暑いですか
寒いですか

僕はもうすぐ三十路を迎えます

20代最後の撮影がこの作品で幸福でした

▼今夜はぐっすり眠れそうです

第180回
マエヘススメ(1)
2003年04月20日

30歳になりました。

ありがとう。

まだ闘えます。
まだまだ辞めません。
きっと前へ進みます。